私のはじめてのマネジメントは自分でした。試しに東宝タレントのオーディションを受けた!

ドラッカードラッカーって言うけど
それはマネジメントの神様だからです。

私が小学生の6年生の時の担任の教師は戦争帰りの若い先生でした。
そして学力が学年でブービー賞だった私に望むと叶うことを教えてくれました。

私は勉強はやらない子供でしたが好奇心は人には負けないくらいあった。
自分をマネジメントする方法だったようです。

試しに東宝のテレビタレントのオーディションに1次審査に送った書類が合格してしまった。
は~~~?
マジか!
次は2次審査で東京に出向いた。
いとこも私も連れて行ってオーディションの1次審査を二人で合格していた^^

母と母の姉と子供二人と父と5人でオーディション会場に着いた!
馬鹿広い会場で
審査員に最低でも時間内に二人以上の審査委員に審査してもらってくださいとのことで
開始したら審査員に向かった。
順番待ちでなかなか審査してもらえない!
開いたら審査員に向かった
佐原 健二の所に行って審査をしてもらった(笑)
アテンションプリーズの三上教官でした。
小さい頃から見ていた
あのゴジラなどの出演していた佐原 健二さんです。

何百人っていてその中からなんと二人とも合格してしまった。
ワクワクすると引き寄せるようです。
願うと叶う!

そして
エンジニアになることをマネジメントしたら
なんと学力までついてしまった!!!

これは大学生が卒業をする時に卒論を書きます。
同じようなあなた達は小学生ですが最後なので卒論を書いていただきます。

何でもいいので原稿用紙100枚以上です。
小説を書いて下さい。
100枚が最低枚数ですが足りない人は200枚までOKです。
出来れば200枚がよろしいです!

そんなこといっていた記憶がある

その前に小説の書く上でテレビドラマを見て
主人公とかあらすじとか・・・・・
いろいろ教えられた!

そしていざ
小学生最後の卒論に取りかかった。

音職人になる旅は願えば叶う!経験をいくつも積んだ!

何とか原稿用紙200枚の小説が出来上がった。

ブログを書いているとそのことを思い出します。
卒論が200枚書けて小学生を卒業した。
先生が引き寄せの法則のスイッチを入れてくれたようで
引き寄せの法則が未だに続いています!!!

家庭訪問で母にも引き寄せの法則を教えたようで
私への教育は先生から母に引き継いだ様子でした。

その数年後、母も引き寄せの法則を試したと思われることがありました。
家の前の川が台風のときに大氾濫して床上浸水をしたので母も恐怖で悩んでいた様子でした。
町の役場から県庁に工事をするように依頼したようでした。
なんと
母の願いが通ってしまって2億円の大工事が行われました。
今回の台風でも災害はなかったようでした。

それは
今の私にしてみればわかることですが
マネジメントを行ったからです。
そのマネジメントが引き寄せの法則をスピードアップさせ成功できます。

小学5年6年生で日本一になる教育を受けていました。
別に日本一でなくて世界一でもなれるんだぞ~って教えです。

これは願っていれさえいればいずれ叶う時が絶対にくる!
ザ・シークレットのまんまの教えを受けました。

それは次々に面白いように叶いました。
ザ・シークレットでは3っ叶えるでしたが私は連続でどんどん続きます。

ドラッカーのマネジメントも結果的には同じように引き寄せます!

願えば叶う!
小説の原稿用紙200枚も同じでした。
かなり願えば叶う自信がつきました。

初代ウォークマンを雑誌で見てからこんなような物を作る仕事をしたいんだよなって
思って願っていたら
なんと!
なんと!
時計部品会社から転職していつのまにか
ウォークマン2の生産している場所に立っていました。
これって願えば叶うです。
ザ・シークレットさながらの私が主人公です(笑)

私を中心に世の中が回っている感じ!
特別な先生で
特別の授業を受けていました。

私の父も日本を復興させたい
先生も日本を変えたい日本一の教育でした。
父の特別教育
先生の日本一教育世界一でもいいんだぞって。
そして
命を何度も救ってもらっている神様。

私がワクワクしはじめると楽しいことがおこります。
そして
世の中がかわるほどの出来事がおこる!

楽しくないですか?
願えば叶う!
マジです。

DSC_0136

スポンサードリンク

コメント

▲トップへ戻る

ブックマーク